衝撃的なニュースが舞い込んできました。Biogenとエーザイが今年3月に効果不十分のためPhase IIIを中断していたアルツハイマー病治療薬Aducanumab(アデュカヌマブ)ですが、2本の臨床試験を再度解析したところ統計学的に優位な改善作用がみとめられたため、まさかの復活を遂げ承認申請に進むというのです。
アルツハイマー病(AD)は長年の研究を持ってしても正確な発症原因が解明されていない、進行性の認知症です。原因仮説が幾つかあるなかでもっとも有力視されていたのがアミロイドβ(Aβ)仮説と言われるもので、これはAD患者さんの脳内に毒性のあるAβタンパクが異常に蓄積し、認知機能障害を引き起こすというものです。AducanumabはAβタンパクを認識する抗体医薬で、脳内のAβを除去してくれる作用があります。臨床試験において、Aducanumabは非常に強力なAβクリアランス能を有することは証明されています。
このように書くと極めて革新的で有望な治療薬に感じるのですが、実は脳内Aβを除去してくれる薬剤はすでに知られており、臨床試験でも証明されているのです。Aβ産生酵素であるBACE1の阻害薬がそれに当たりますし、もっと言えば同じ抗Aβ抗体さえもMerckやイーライリリーが先行して検証していました。ただこれらの前例は全て大規模臨床において認知機能等のアウトプットで有意差を示せず市場から撤退しています。以上の経緯からAβ仮説に対する世間の期待度はかなり小さくなっており、同じAβを標的とするAducanumabにも厳しい結末が待っていると考えていた人が多いと思います。
ではなぜAducanumabだけが先に進めたのでしょうか?Aducanumabの特徴としては、他の抗Aβ抗体と異なりプロトフィブリルと呼ばれるAβ集合体を選択的に認識するという点があげられます。もちろんこのメカニズムの違いに期待してBiogenやエーザイは投資していたのですが、第三者としてはそこまで違うのかな?という印象でした。
とはいえ実はAducanumabは先立って報告されたPhase IIにおいて中用量のみとは言えも優位な改善作用を示しており、大規模臨床も期待されていた薬剤でした。しかしその結果は薬効不十分による中断。やはりAβ仮説は誤りだった or 発症するかなり前(Preclinical-ADなどと言われています)からAβを除くことが必要である、といった意見が結論となっていたはずでした。
今回のBiogenの再解析の詳細は開示されておらず、限定された患者層で改善作用がみられたという情報のみが紹介されています。もしかしたらかなり限られた患者さんにのみ適応される薬剤になるかもしれません。またBloombergの記事内にもコメントがありますが、『統計学的に優位 = 臨床上メリットがある』というのは誤りで、この臨床上の改善値が本当に患者さんの人生にメリットを与えるかどうかという議論は、今後の申請プロセスで厳しく見られていくはずです。
私の個人的な感想としては、ADに対しての有効な治療があるとは言いづらい現状において、何らかの形では承認される可能性が高いと思っています。投与された患者さんやその周囲の方々が、効果を実感できるような薬剤に仕上がっていることを願っています。
あと最後に、(まだこれからが本番とは言え)AD治療実現に背水の陣で臨み、厳しい結果が続きながらも諦めずに手を打ち続けてきたエーザイのみなさまに心から敬意を表したいと思います。創薬に取り組む一人の人間として大変勇気付けられる報告でした。
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