Bioorthogonalな変換を志向したテトラジンの導入法

Installation of Minimal Tetrazines through Silver-Mediated Liebeskind–Srogl Coupling with Arylboronic Acids

J. Am. Chem. Soc. 2019, 17068

抗体-薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate: ADC)に代表されるように、タンパクや核酸のようなバイオロジクスと低分子リガンドを結合させた化合物の創薬応用は加速度的に業界全体に広まっています。

このケミストリーを下支えしているのが、Huisgen環化(アジドとアルキン間の環化)など生体成分とは反応しないがそれら同士は水中、温和な条件下で反応するというBio-orthogonalな化学反応です。Sharplessが提唱したクリックケミストリーは、今ではあえてクリックケミストリーと呼ぶ必要もないほど当たり前に必要な手法として、基礎研究から新薬開発まであらゆる場面で用いられているのです。

もっとも広く用いられているのはDBCO (Dibenzylcyclooctyne)とアジドの反応だと思います。高度に歪んだ環内アルキンは、室温でアジドと反応して速やかに1,2,3-トリアゾールを形成し2成分の円滑なカップリングを実現します。他にもアミンとは反応せずチオールとのみ結合するマイケルアクセプターであるマレイミド(システインとは反応しますが)なども利用されます。

今回の主役である1,2,4,5-テトラジンもBio-orthogonalな反応における主要なプレーヤーの一人です。テトラジンはひずんだアルケンであるtrans-cycloocteneと速やかに逆電子陽性型Diels-Alder反応を起こし、その後retro-DAにより窒素を脱離させてピリダジンを形成することで2成分のカップリングを実現できます。trans-cycloocteneはアジドと反応しないため、azide-DBCOとの組み合わせともortho-gonalであることも重要です。

以上のようにテトラジンは、創薬科学において重要なツールとなる官能基なのですが、その合成法には制限がありました。もっともシンプルな調整法はニトリルとホルムアミジンを原料とする合成法のようですが、この手法は低分子量のテトラジンが副生成物として生じるため爆発の可能性がある危険な方法です。そこで現在もっとも一般的二利用されているのは、フェニル酢酸にテトラジンをくっつけたビルディングブロックを用いる手法です。導入もアミンさえあればアミド化で済むので便利ですが、フェニル酢酸部が無駄に必要になり、これが以外と標的タンパクなどとぶつかって都合悪いことがあるようです。

そこで著者らは安定なテトラジン導入試薬として3-(4-phenyl)benzylthio-6-methyltetrazineを設計しました。この試薬のチオエーテル構造を足がかりとし、Liebeskind-Sloglカップリングの変法を用いれば、十分に単純な構造と言えるメチルテトラジンが導入可能になります。

こういった類の実用性を志向した研究は「こうすれば便利なんじゃないか」という着想の時点で基本的には完結しており、実験はその確認作業であることが多いです。本報告も骨格としてはそうなのですが、カップリングの条件検討の点は少し発見が含まれていて面白かったです。

具体的に説明すると、用意した上記のテトラジン試薬はLiebskindカップリングの肝であるCuTCと相性が悪く、CuTC存在下では分解してしまいました。これは大誤算だったと思いますが、著者らはここで頭をひねり、同じ役割を果たせる別の試薬として、Ag2Oを見出しています。

お試し実験をした時って、うまくいきそうな条件でダメだった時は大体諦めてしまうのですが、彼らはCuTCで3%しか取れなかった際に他の触媒を試したのが偉かったですね。ただ、Ag2CO3でもうまくいっているので論文の図にあるAg2Oのメカニズムは違うと思いますが汗。いずれにせよこういった粘りの姿勢は見習いたいところです。それとこの銀の条件って普通のチオエステルを原料としたLiebskindカップリングでも使えるんですかね・・・?CuTCの代わりにAg2Oならコスト的にもメリットあるし。

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