新規モダリティーの製造コストと薬価

モダリティーという言葉はここ2,3年で製薬業界に一気に広まった流行語で、とくに合成関連の部署ではどの会社でもこのフレーズを聴かない日はないと言っても過言では無いでしょう。

モダリティー(modality)とはもともとムード(mood)の派生語で、物事の様子・雰囲気といったような曖昧な状態を示す言葉のようです。これが医療機器業界で装置の形式・形態(CTとかMRIとか)を表すのに用いられるようになり、いつの間にやら製薬業界にまで伝わってきたようですね。

製薬業界でのモダリティーは低分子や抗体、中分子、核酸医薬、遺伝子治療といった薬効物質の形態を表す言葉として用いられています。だいたい接頭語として『新規』がついてきて、核酸や遺伝子治療、それに引き続くより新しい創薬技術に基づいた物質形態のことを表すことが多いです。

ここ数年で核酸医薬・遺伝子治療が技術の死の谷を乗り越えて実用化を成し遂げたことで、製薬業界における新規モダリティーへの期待値は頂点に達しています。核酸医薬や遺伝子治療は技術的に遺伝性の希少疾患との親和性が高いのですが、こういった疾患は今まで主に市場性の問題から開発の手が及んでおらずアンメットニーズが残されているため、各社こぞって新規モダリティーを活用した希少疾患治療薬の開発に取り組んでいます。

以上の背景やその言葉の使いやすさもあって新規モダリティーは業界を席巻しているわけですが、これらには常について回る大きな問題があります。それは極めて高い薬価です。

つい最近も一回3000万円という目の飛び出るような値段のキムリアという薬剤が日本で承認されて話題になりました。その前にも核酸医薬のスピンラザが高薬価で話題になりましたし、アメリカでは遺伝子治療薬であるゾルゲンスマが一回2億(!)という信じられないような値段で販売され波紋を呼んでいます。

非常識とも思えるほど高価な薬剤たちですが、もちろん各製薬会社はこの値段である必要性を説明した上で上市しています。特に日本は国が薬の値段を決めるので、当然高価な薬価には根拠があります。その理由は大きく二つありまして、まず一つ目は適応症が希少疾患であるということで、患者数が少ないため開発費をペイするためには一人当たりの価格が高くなってしまうのです。そして二つ目は技術の粋を集めた製品のため製造コストが非常に高いということで、これが価格に反映されているのです。

ゾルゲンスマは日本でまだ承認されていないので、次に高価なキムリアの薬価算定基準書(https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000508918.pdf)を読むと、原価として2300万円が設定されています。これに利益等々を勘案して薬価が決まりますので、3000万円は妥当という話です。

・・・なのですが、おかしなことにこの原価の根拠が全く公開されていないのです。公定薬価制度かつ国民皆保険制度を採用している日本では、国の決めた薬価を全国民で負担しているので当然原価算定の詳細が共有されるべきなのですが、何の説明もなく原価は2300万円ですとなっているのでこれでは納得感がありません。実際にこの原価算定過程について透明性を高めるべきだという意見は各所から出ているようで、いずれ国会などで議論されていくのではないでしょうか。

このように正当なのかどうかの議論はありますが、現状各国で新規モダリティーをベースとした高薬価薬剤が次々と承認されています。治療オプションが増えることは素晴らしい一方で、高薬価薬剤は日米で以前より問題となっていた医療費の増大に拍車を掛ける存在であり大きな社会問題に発展していくはずです。

オブジーボのように(製薬会社から見ると)ルール無用の強引な値引きが行われるのでしょうか?しかしいくら社会問題につながるとはいえ、製薬会社に原価割れの薬価での販売を強要させる権利は国にはありません。このような点からも、実原価を開示した上でそれに見合った薬価が設定されるのが望ましいはずです。この問題提起を受け止めず、不透明なまま高薬価がつき医療経済を圧迫し続けると、

『新規技術による難病治療は可能だが保険制度が破綻しているため一部の富裕層以外は治療を受けられない』

という最悪のシナリオに行き着いてしまうかもしれません・・・

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